『記念すべき第1回のファーストショット』
1月20日(水)、北条カントリークラブにて、松山JCじゃがいもクラブ1月例会が盛大に開催された。じゃがいもクラブとは、1954年(昭和29年)東京JCの創世期のメンバーが、「連日連夜の会議やら打合せやらで一杯飲むばかりでなく、たまには外の空気を吸って日頃のストレスを大いに発散しよう」として発起し、名前も芋掘りゴルフが多かったので、JCに文字って、じゃがいもクラブとしたそうである。
難しい綱領や定款がある訳でもなく、同好者が集まって楽しく、また新入りが入って気が張らないものにしよう、ただ次の二つのことだけは後世に伝えようではないかと話し合ったことが、全国各地のじゃがいもクラブの基盤になっているそうである。それは、「JCの名前を冠するからには“友情と訓練”の場であることを忘れないようにしていこう」ということ。そしてもう一つは、いずれ40歳になったらJCは卒業することになる。しかし、このじゃがいもクラブだけは、「現役メンバーとシニアクラブの諸先輩方の架け橋として、脈々と伝え残していこう」ということである。これらの事が、じゃがいもクラブ発起に繋がった。2010年度の松山JCじゃがいもクラブは、野中会長を筆頭に、シニアクラブの諸先輩と現役メンバーとのゴルフライフは発動する。
このような伝統ある松山JCじゃがいもクラブの1月例会に、私はオブザーバーとして初めて参加させていただいた。本日、私と共にプレーしていただくメンバーの皆様は、土居先輩、池田先輩、井川理事長の3方であった。そしてまもなく、命運を分ける朝一ファーストショットが行われた。
昨日の事、1時間ほどマラソンの練習を行ってから左足首に違和感があった私は、気にしないようにしてティーショットを行った。すると、右から左に体重移動が完了した際に、「ズキッ」と左足首に痛みが走ったのである。こんなことで、私の左足首は悲鳴を上げる中、「最終ホールまでは持ってくれよ」と、心の中で願いながら、次々とラウンドを熟して行くのであった。
全ラウンドを終了した頃には、私の左足は大きく腫れ上がっていたのである。そんな状態でも、冬の寒さを感じることなく青空の晴天の下、シニアクラブの諸先輩方と楽しいゴルフが展開出来ました。私の2010年度初の、第1回目のゴルフの成績は、(52、52)104でありました。本日は、松山JCじゃがいもクラブ1月例会にオブザーバーとして参加させていただきましたこと、心より感謝申し上げます。今後とも現役松山JCメンバーとして、じゃがいもクラブを盛り上げて行きたいと思いますので、よろしくお願い致します。
PS:この後、井川理事長と私は、2010年度(社)高知青年会議所賀詞交換会に参加するべく、高知県に向かいました。